2008年11月14日金曜日

10月17日(金)お休み

事務所に到着したらなんかピンクの服を着た人がたくさんいた。どうやら今日は乳がんの検査を促進するためのマーチをするらしい。媒介虫対策課のおじさんたちもマーチに駆り出された。しかもなぜかマーチの先頭… いや、数合わせなんだから後ろでしょ?と思いながらも歩いた。それにしてもチラシも配らないし音楽も流さないしメガホンもないし。ただの交通妨害に思った人もたくさんいただろう。
その後、調査に出るのかと思いきや結局調査に出ず。ん?今週仕事してない。ま、色々と調べたり資料を作ったりできたのでよしとしよう。

10月16日(木)え~?遅刻になるの?

朝、運よくタクシーがすぐにつかまったのでいつもより早めに事務所へ到着。朝6時45分。日本にいたときはまだ寝てる時間だ。今日も雨の為、みんなは休みのようだ。7時になってもカウンターパートが現れないのでどうしたのかと思ったら他の同僚から、「タダシが遅れてるみたいだから先に行くって言っておいてくれ」って言われたよ、と一言。何?いつもより早く出勤したのに。確かに、昨日色々と準備するように言われたが、出発時間のことは一言も言ってなかった。何回か携帯に電話したがつかまらないので諦め、事務所で資料を見返すことにした。無駄に一日を過ごしてしまった。
なんか最近また下向きになってきた。被害妄想だろうか。このセリフ、昨日の日記でも書いたな。

10月15日(水)ちょっと疲れ気味かも

昨日に引き続き今日も雨の為に調査がなくなった。みんな二連休だが、こちらはそうはいかないので昨日の続き。ある程度パワーポイントの資料をまとめ終えたがアニメーションのやり方がわからない上にスペイン語版のソフト。日本から「できるシリーズ」を送ってもらったがスペイン語版のソフトではどうしようもないので(バージョンも違うし)諦めて古新聞で折り鶴、手裏剣、ボールなどを作った。
そして意外なことがわかった。外国では日本と言えば車、テクノロジー、そして空手かと思っていたが、ここパナマでは空手よりも合気道の方が有名らしい。そういえば前のホームステイ先のお父さん(と言っても39歳なのでお兄さん)も以前に合気道をやっていて、日本人が来るということで若干期待していたらしい。確かにパナマ人は太ってはいるが身長は比較的小さい人が多いので空手よりも相手の力を利用する合気道の方が向いているのかもしれない。
先日に日本から料理本を送ってもらったのでそれを見ながらジャーマンポテトを作った。ジャガイモをレンジで蒸かすのにちょっと失敗してしまったが、次回には修正できそうだ。また一つレパートリーが増えた。夕飯を作ったら油がちょうどなくなってしまった。どこに捨てればいいのかホストファザーに聞いたら、「油は自分で買いなさい」と突然言われた。何?油は使っていいって言ってたじゃないか!最近、家族としっくりいってないし、なんとなく出て行ってほしいみたいな感じがする。被害妄想だろうか。引越し先を探そうかな。

10月14日(火)またもや言葉の壁・・・

今日は外に出て調査の予定だったが雨天中止。事務所で昨日の続きをやった。広域研修の最終日に活動に関してのプレゼンが予定されており、その為のパワーポイントでの発表資料作成。あまり慣れてない上にJICAから貸与されたパソコンにインストールされているMSオフィスソフトは全てスペイン語版… よくわからないままに一日が終わった。

10月13日(月)毎度書いてることですが。

土曜日にネットカフェでチェックした時にホンジュラスで予定されている広域研修の宿題がメールで届いていた。ついでにJICAパナマ20周年記念式典の招待状送付者確認依頼メールも届いていたのでカウンターパートに確認。活動上の問題点を洗い出す目的の課題だったがまだ活動に取り組み始めたばかりなのでスペイン語以外の問題点を書けない自分が恥ずかしかった。

10月12日(日)手抜きではありません再び

午前中はいつものように掃除や洗濯。読書をしてから昼食を済ませネットカフェへ。いつものように時間が過ぎて行った。

10月11日(土)励まされます

今日も昨日に続きフロンテーラへ。今日はたくさんのボウフラを発見!ちょっと多すぎる。意識低いな。うちのスタッフが、「彼はわざわざ日本から来た蚊の専門家なんだよ。これでどれだけ危険な状況なのかわかるでしょ?」と平気な顔をして嘘をついていた。まぁ、これはいい嘘なので問題なし。

ある家でボウフラを探しているときに子供たち(10歳、11歳男児)が寄って来たので新聞で折った手裏剣をあげたら喜んでいた。折り方を描いた紙を偶然持っていたのでそれもあげた。忍者や手裏剣については多少の知識があるようだ。
帰宅後ネットカフェへ。駒ヶ根の生活班でのメーリングリストでメッセージが飛び交っていた。みんな色々と大変なようだが頑張っているようだ。負けていられない。ちょっと気づいたので手首の写真を撮ってみた。かなり日焼けした。

10月10日(金)折り鶴

デング熱調査でコスタリカ国境沿いの町Paso Canoasへ。通称Frontera。何回も来ているのでなんとなく町の様子もわかってきた。昼食中、子供たちにあげようと折り鶴や手裏剣を古新聞で折っていたら同僚が、「うちの子供にあげたいから2つ作って」と言ってきた。折り鶴、かなり好評だ。帰り、いつも行くスーパーの前を通ったので、ここで降ろして、と言った後にまた月曜日、と言ったら同僚が「明日も仕事だよ」と一言。また休日出勤…

2008年10月26日日曜日

10月9日(木) カリブ海デビュー

木曜日なのでシャーガスの日だが、なんかあったらしくシャーガスには行かなかった。なんとなくごまかされてる気がする。被害妄想だろうか。本当にシャーガスの危険性が高いところにはまだ行っていない。遠いから。彼らの仕事だということをどうやったら理解させられるのだろうか。遅くとも2014年にはシャーガス病の新規患者を中断することを世界保健機構が宣言しており、パナマ政府もそれに賛同している。ということは2014年にはJOCVもこのプロジェクトから引き揚げるが、まだまだ調査以外にもやらないといけないことが山ほどある。もちろん彼らの職域から外れてしまうこともあるのだが、他部署と媒介役の協力隊ボランティアがいなくなったらそこで全部おしまいではあまりにも情けない。
今日からまたマラリアに一部職員が出かける。その準備中、同僚の一人がガソリンを詰めたドラム缶とドラム缶の間に指をはさんで切断してしまった。大変なことになった。ちょっと浮かない気持で一日が始まった。日本でこの種の事故が起きるだろうか。もちろん起きるのだろうけども、確率は低いと思う。必ずしもマニュアルが絶対ではないが、マニュアルの大切さや危機管理の大切さを考えさせられた。
シャーガスに行かないようだったのでどうしようか考えていたら同僚の一人がボカスデルトロ(チリキ県とは山を挟んで反対側にある県、カリブ海に接している)に行こうと誘ってきた。ディーゼルを入れる契約をしているガソリンスタンドがチリキ県にはなく、ボカスデルトロ県かベラグアス県に行かないといけないらしい。せっかくだし行くことに。車に乗ってから何時間かかるか聞いたら、「片道4時間だよ」との返事。じゃ、帰ってくるの4時まわるじゃん。失敗した。まぁ、ヒマだし。行きは順調。山を越えダムを超えボカスの保健省地方保健局まで3時間半でついた。途中、カリブ海も目にすることができた。思わぬ形でカリブ海デビュー。GSでディーゼルを入れまたチリキへ。ところが途中で渋滞。どうやら橋の近辺で何かあったらしい。1時間近く待たされた。その間、前の車に乗っていた子供に折り鶴を折ってあげた。
帰りは雨、霧、運転している同僚の眠気(ホントに怖かった)と戦いながら帰宅。予定より1時間以上遅くなった。帰りにカウンターパートの車とすれ違った時に朝ケガをした同僚のことを聞いたらやはり切断せざるを得なかったらしい。ちょっと気持ちが落ちてしまった。
家まで送ってもらった時、家の前がえらいことになっていた。こちらは大雨だったらしく、ちょっとした池になっていた。車で送ってもらったので濡れずに済んだが、そうじゃなかったらびちょびちょになるところだった。

10月8日(水) これでも少ないらしい

今日もデング熱調査。相変わらずスペイン語が上達しない。ま、勉強してないし。早くスペイン語を上達させて自分がやりたいと思っている活動に入れるようにしたい。

以前からパナマはゴミがたくさん落ちていていやだなぁ、と思っていたがなぜ彼らがゴミを捨てても気にしないのかわかった。よく言われる説は、昔は熱帯の人は食べカスを捨てても土に帰っていったからその名残でビニールでもペットボトルでも捨てるというものだが、それだけではない。学生時代、隣国のコスタリカで勉強したという人と一緒に回ったとき、パナマと日本ではどちらがいい?という話になった。やはり日本がいい、という話をした後、彼が俺はコスタリカとパナマならパナマかな、なぜならゴミが落ちてないから、と言っていた。つまり、他国と比べるとまだゴミが少ない状態だから捨ててもいい、と思っているようだ。ゴミが落ちてないから、と言われた時に、あなたの目の前にKFCの紙コップが落ちてますよ、と突っ込みたくなったが我慢した。下ではなく上を見ないといけない、それをどうやって伝えればいいのか、ちょっと悩んだ。

昼休み、レストランで子供たちにあげるために折り鶴を折っていたら店の女の子が食いついてきた。その娘のお母さんが教えてほしいと言ってきたので喜んで教えた。お客さんもそれを見て私にも教えてと言ってきた。喜んで… スペイン語… 結局上手に教えられなかった。

10月7日(火) 水溜り?


デング熱調査。いつも買い物をするスーパーの近くで活動だったので調査後、職場に戻らずそのままスーパーで買い物を済ませ直帰。帰宅後まだ早かったのでネットカフェへ。多くの方から誕生日のメッセージをもらってうれしかった。
ちょうどネットカフェに入った時から雨が降り始めた。大雨。10月と11月が特に雨が多く、その後パナマ人が言うところの「夏」になるらしい。要するに乾季。家の前の水溜りがすでに水溜りの域を超え、池のようになっていた。

10月6日(月) 追いつき追い越せ

事務所で仕事。他国で活動した過去のシャーガス隊員の資料を見る。改めて自分がやらないといけないことがなんとなくわかってきたような気がする。そしてまだまだ自分には足りない部分が多くて、本当に彼らに追いつき、願わくば追い越すことができるのか不安になる。
パナマシティから持ってきたボールペンなどを同僚やプロモーション課、衛生課などに配って回った。プロモーション課の人が今度パタコン(プラタノを揚げた料理)をごちそうしてあげる、と言ってくれた。なんか距離が近い。仲よくなってくると距離が近くなるものなのだろうか。

10月5日(日) くっせー

朝7時半に起床し洗濯を済ませメールチェックなどをした。11時くらいには連絡所を出たかったが、雨が降っていたため出れず。しかも連絡所に置いてあるマンガも面白く結局12時半頃に連絡所を出発。日本から送ってもらった荷物を手にダビまで戻る。今日のバスはエアコンがきつく、しかもトイレ近くの席だったので臭くて大変だった。次回からは絶対に上着を忘れないようにしないと。ホントに風邪をひいてしまう。

10月4日(土) 漏れてる~!!!

朝から何かピチャピチャと音がするので、何かと思ったら男子部屋併設のトイレの上水が溢れて、部屋の方まで来てしまっていた。朝7時から床の水を拭き取り、濡れてしまったベッドマットを乾かして。二日酔いに寝不足が重なった最悪の体調だったがなんとか終えた。もう一眠りしようかとも思ったが、なんとなく眠気も覚めてしまったのでそのままグダグダしていた。男子隊員が味噌汁を作ってくれたので便乗していただき朝食をすます。やはり二日酔いには味噌汁だなぁ、とつくづく思った。
午後、日本食が売っているスーパーに行き豆腐と鰹節を購入。今晩はどうしても冷奴を食べたかったので同期隊員を誘って買いに行った。1切れ15セント。安いし、美味しかったので次回はもう少したくさん買おう。
夕食は韓国料理を食べ、その後連絡所に戻って冷奴を食べながらビールを飲んでいたら他の隊員がケーキを買ってきてくれた。誕生日を祝っていただき、本当にうれしかった。ありがとうございました。この日も夜中3時近くまで夜更かししてしまった。首都に上がってくると夜更かししてしまっていけない。

10月3日(金) 誕生日

日本文化紹介当日。そして33回目の誕生日。もう誕生日が来たからうれしいという年齢でもないがメールなどでメッセージをもらうとやはり嬉しい。

本番では記録係を担当。動画や静止画で写真を撮りまくった。一日にこんなにたくさんの写真を撮ったのは初めてだろう。でも動画って難しい。近づきすぎても遠すぎてもだめだし、どのタイミングで撮り始めたらいいのかわからないし。

この日は隊員が中心となって様々な催しを行った。習字や折り紙、箸の使い方教室から日本の伝統的な遊び(独楽、剣玉等)、日本語教室、原爆展、浴衣着付けなど。どれも大盛況。加えて、時間を別に設け空手、踊り(盆踊り、よさこい等)、合気道、茶道、弓道など経験者の隊員がそれぞれの技も披露。多くの人に訪れてもらった。少しでも日本とパナマの交流の懸け橋になれればうれしい。しかもこの会で他の隊員ともかなり打ち解けてきた。参加してよかった。

撤収後、隊員連絡所の近くのバーで飲み、さらに連絡所に帰ってからもさらにもう1杯。結局この日も3時近くまで夜更かししてしまった。

2008年10月19日日曜日

10月2日(木) 腰痛・・・

今日はシャーガス。そして終業後にまっすぐパナマシティへ向かう予定。勤務先から長距離バスターミナルは目と鼻の先。家に帰っていたらパナマシティへの到着が夜中になってしまうので早く行きたい。でもシャーガス病の調査先は事務所から2時間くらいかかるところにしかないため、遅くなったらいやだなぁと思っていた。しかも前日あたりから持病の腰痛がまた発症。困った… シャーガスの調査中も腰が痛くて痛くて大変だった。調査地はボケテよりももっと上に行ったところ。帰り際、ボケテはいちごの産地としても有名なので男4人でいちごアイスを食べた。そういえば普段は来ない管理職の人も来ていた。そしてその店で彼は家族にケーキを買っていた。そういうことか。まぁ、どんな理由であれ管理職がシャーガス調査に加わってくれることは今後の為にもありがたい。
業務終了後、すぐにバスターミナルへ。2時半くらいにターミナルに着いたので3時くらいのバスには乗れるかな、と思ったがバスは満員で3時45分のバスしか乗れないとのこと。1時間以上待ち時間があったので家に帰って長袖の上着を持ってこようかと思ったがめんどくさいのでやめた。ちなみにパナマの長距離バスはエアコンがガンガンに効いていて、長袖の上着なしではかなり厳しいのだが、この日は持ってくるのを忘れてしまっていた。大丈夫だろうとは思うけど。そうこうしてるうちに3時くらいになった。なんか呼び出しているがスペイン語がよくわからないなぁ、と思っていたら5番バス、出発します!みたいなことを言っている。自分のチケットを見たらバス番号5番!なんで?と思いつつバスに飛び乗り出発。どうやら時間前でもバスのチケットが全部売れたら繰り上げで出発してしまうものらしい。腰痛を抱えたまま7時間の長距離移動。バスの中で映画が見れるので、それを見ながらいけばいいか、と思っていたら途中から放映をやめてしまった。なんで?もうすぐクライマックスだったのに… 無事パナマシティに到着しまっすぐ隊員連絡所へ。同期隊員がビールを買って待っていてくれたので乾杯。
今回の状況の目的は翌日にパナマ大学で開催する日本文化紹介の手伝い。首都に住んでいる隊員が中心になって企画調整しこの日を迎えた。大変な苦労だったと思う。実際、午後10時半に隊員連絡所に着いた時もまだ準備中だった。
久しぶりに会う人も多く、話し込んでいるうちに夜中5時近くになってしまったので慌てて寝た。

10月1日(水) 普通の1日(手抜きではありません)

今日もデング熱調査。いつも通り。明日からパナマシティへ行くのでちょっと楽しみ。

2008年10月13日月曜日

9月30日(火) どこに行ったの?

昨日申し出た通り、今日は調査に。いつも通りに作業を進めていたが、お昼時になってから一緒にまわっていた同僚が銀行に行きたいから街の中心に戻ろうと言ってきた。待つのもなんなので一緒に街まで戻ることに。そういえば、昨日Cable & Wirelessが閉まっていたけど、この時間なら開いているだろうと思い自分はCable & Wirelessへ。やはり閉まっている。どこへ行ってしまったのだろうか。

9月29日(月) 受動的になっています

オフィスで10月以降のスケジュール作成。10月は3日と24日に用事があって上京する旨を説明。了承を得る。その後、駒ケ根でもらったシャーガス虎の巻CDを見る。過去の活動例を見て、みんな色々と苦労しながらも活動を進めてきている。なんとなく受動的になっている自分に気付く。
9月になってから月・火とオフィスでの仕事(と言っても特に何もしていない)にあててきたが、スペイン語を上達させるためにはもっと話す必要があると思い、10月以降は月曜日オフィス、火曜日はその時によってオフィスか調査、水曜日~金曜日は調査というスケジュールでいきたいと申し出た。
業務後、パナマでも大手(だと思う)Cable & Wirelessという電話会社のビルに向かう。もちろんネットの接続に関して相談するため。ところがシャッターが全部下りている。まだ午後3時半、閉まる時間ではないだろう。なぜだろうか。

9月28日(日) 布団を干していい気持ち

朝から快晴だったので洗濯をして、ついでに布団と枕も干した。スーツも干そうと思って手に取ったら若干カビていた。まだ干したばかりなのに。恐ろしい。濡れ雑巾で拭き取り再び干す。それと先週に塩素系の洗剤も買ったのでトイレとか風呂の床とか洗面所とかも掃除。シャワーカーテンもカビを落としていい気持ち。
洗濯物を取り入れ昼食を済ませてから週末の日課となっているネットカフェへ。徒歩で約30分。タクシー(35セント)やバス(30セント)もあるが、週末の午後はつかまりにくいのと運動も兼ねて歩いて行く。確かにメールやミクシィを見るだけならこのペースでかまわないが、仕事で調べ物をしたくてもできない状況なので家でネットをやりたい。でも今はホームステイという名の居候で他人の家なので有線で引っ張ってくるのはちょっと難しい。ワイヤレスでできないだろうか。そもそもワイヤレス接続とは一般にルーターとPC間がワイヤレスなのは知っているがルーターとサーバーはどうなってるんだ?くっ、無知すぎる。明日、町にある電話会社に聞いてみよう。